島津義弘(家紋)
「島津義弘」の家紋をモチーフとしたデザインです 戦国時代から安土桃山時代にかけての武将で九州の南端、薩摩国の戦国大名です。 (1619年8月30日没) 島津氏の第17代目当主、先代当主島津義久の弟であり、義久の補佐役を務め、戦国期における島津の版図拡大に大きく貢献しました。 関ヶ原の戦いでは西軍に属し敗戦となりましたが、退却戦に寡兵で東軍側に突撃し徳川家康の本陣近くを通過、敵中突破を果たして退却することに成功し、それを「島津の退き口」と呼ばれ、全国に名を轟かせました。 家紋は「丸に十字紋」といい、十字のまじないから考えられた紋で、一種の魔よけの意味を持っています。 |
![]() |